これまた日米の違う点: 塚越 至

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ケンタッキー州公認会計士 塚越 至
しばらく以前に日本で、経済産業省が中小企業の金融を支援する信用保証協会の機能を大幅に拡充する方針を固めたことが報じられた。日米共に大企業だけが経済を支えているわけではなく、中小企業を支援する策は大いに結構なことだ。


しかし、政府による当然の政策として報道されるこのような支援をアメリカで目にすることは皆無に近い。そのため、アメリカは大企業志向が強く、強者に甘く弱者に冷ややかなお国柄であるとの批判を受ける根拠にされ勝ちである。
それだけにオバマ政権に移行して以来の景気浮揚策に含まれる連邦政府による零細・中小企業を対象とした支援策は、アメリカでは例外的な出来事でアメリカ史にも記憶されることに違いない。最近の具体例では、資金繰りに苦しむ零細企業に対して3万5千ドルを限度に5年間融資する政策がある。
米小企業庁(Small Business Administration)が市中の金融機関に対して返済補償をし、その上で5年間の貸し出し金利を連邦政府が負担するもので、対象になる企業は、金融機関からのローンの返済に遅滞が出ている、あるいは仕入や経費の支払いに恒常的な遅れがあり、クレジット会社に対して多額の借入残を持つもので、健全な企業は対象から外されている。筆者が事務所を置くケンタッキー州ルイビル市でもこの一ヶ月の間に3件の申請を手伝った。
なぜアメリカではこのような連邦政府による国策がまれな存在なのかを理解することは、当地で事業を始める際の大切な予備知識のひとつと考えられる。
 ことはアメリカ建国の経緯に遡ることになる。1776年に独立宣言を発した際のアメリカとは、“13個の州の集まり”に過ぎず、アメリカ国は存在しなかった。これは大英帝国が独立戦争に敗れたことを認めた1783年に至っても同じことで、その時点でもアメリカ国は存在していなかった。
しかし、州の緩やかな集まりだけでは対外的に不都合であること、また、それ以上に切羽詰った問題として、独立戦争に費やした戦費を賄うために各植民地が担った莫大な借金を返済せねばならなかった。内外の債権者からの突き上げに対して植民地の財力では限りがあったことから、連邦政府を設けて広く税を徴収し借金の返済に充てることが緊急の課題だった。
こうして1787年にフィラデルフィアに集まった各州の代表によってアメリカ憲法が起草され、翌年から各州が順次批准をして、ここにようやくアメリカ国なる合衆国が生まれた。
この憲法起草の過程で議論が集中したのは、連邦政府に与える権限の範囲だった。独立戦争以前の大英帝国による圧政の記憶が生々しい当時、連邦政府が大英帝国の再現になることを怖れた各代表は、強力な中央集権国家に繋がり得る事項をことごとく排除した。
その妥協の産物として生まれたのが、大統領府の設置と、憲法に加えて最小限に止められた連邦法の施行だった。こうして連邦政府の権限は非常に狭い範囲に限定され、また連邦法の及ぶ範囲も同じく多くの制限下に置かれることとなった。
 この連邦法の限定を語る典型的な一例が、株式会社法であろう。州内にしか流通しない株券を発行する企業は、日本にお馴染の連邦法のひとつである米証券取引法は適用されない。今日、州内だけにしかその株券が流通しない企業は零細企業に限定されるが、それにしてもこれらの企業は各州が定めた州法によってその活動が規制されているだけで、ワシントンには一切の手出しが許されていない。
地方県の企業が経済産業省や金融庁の管理下にないと想定すれば、この州法によるアメリカ流管理の特殊性が理解できよう。この州内企業が法律違反をすれば州内の裁判所で争われ、連邦裁判所は管轄外に置かれたままだ。
 これは株券の流通だけでなく、州と州にまたがって行われるビジネス、いわゆる州際取引でない限り、通常の取引もすべて各州が定める州法の規定に従うことになる。
この連邦法と州法の対立から生まれたアメリカならではの最高裁の判例が存在する。これは東部の某有名大学で起きたフットボール選手による女学生への暴行事件に対する判例だ。
州裁判所に訴えて敗訴した被害者側はその地にある連邦裁判所に上訴し、連邦裁判所が被告人に有罪の判決を下した。この判決に不満の被告人側が最高裁に訴え出た例で、最高裁では、女学生への暴行事件は州内のことで連邦裁判所が裁定を下すのは憲法違反として、女学生側の敗訴が決定している。
 事件の内容ではなくいわば手続き上の理由で退けたわけだが、連邦の権限が如何なる制限下に置かれているかを語る好例であろう。
 冒頭に記した経済産業省による中小企業への支援策に相当するものは、通常はアメリカでは各州がそれぞれの判断で行うことになる。この種の支援策を実施する州もあれば、行わない州も存在する混在した姿がアメリカの規則となっている。全国に一斉に通用する国策が存在しないのは、この連邦の権限を最小限に限定したアメリカ建国の精神の表れといえるだろう。
 上記の経済産業省の支援策のひとつに、中小企業が金融機関に売掛債権を譲渡して現金化しやすくさせる支援策が含まれている。日本では90兆円に及ぶ中小企業の売掛債権のうち、受取手形は17兆円にとどまるといわれる。73兆円もの債権は直ぐには現金化されないため、多くの中小企業では支払期日まで待つことになり、運転資金の確保に苦労することになる。
 この打開策として信用保証協会が中小企業の売掛債権を保証して金融機関が買い取り易くするのが狙いで、中小企業にとってはありがたい支援策となる。しかし、元々取引先は信用力が弱いために手形が組めなかったわけで、売掛債権そのもののリスクがこの支援策によって軽減されるわけではなく、信用保証協会が負うリスクはかなりのものに達することになる。当然、その損失は国庫からの負担になり、結局は納税者である国民の負担に帰すことになる。
更に、経済産業省では中小企業再生ファンドへの出資を解禁して、中小企業の再建にも手を差し伸べることがこの支援策には盛り込まれている。ここでも再建途上でのリスクを国民が負うことになる。
中小企業を支援し経済の活性化を図ることは大いに結構なことで、その狙いは素晴らしいが、最終的に尻拭いを免れない国民の声はどうなのだろうか?
アメリカの建国当事者が怖れたのは、このように目的は素晴らしいものの、国民の知らないところでその国民が負担するリスクを議論する国家権力そのものの存在だった。
それだけにオバマ政策のような連邦政府が前面に出て州の頭越しに政策を推し進めることに対しては根強い批判が存在する。アメリカ政治の行く末を見通すためにもこのアメリカ建国以来の歴史を念頭に置くべきである。