「想定外」を考える – 中村正董(まさのぶ)

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今回の東日本大震災では、原発事故に関して、「想定外」が議論の一つに、と言うより、批判の対象になった。「想定外」のことも、事前に予知して、それに備えるべきだった、という議論と、「想定」の在り方に問題があった、とする議論である。私は、こうした議論の時に、自分がその当時者だったらどうしたか、どうするか、と考える。そして、自分が東電の責任者であっても、「想定外」への準備はできていなかったろう、と考えている。やはり、あの事故は「想定外」だったのである。
「想定外」が起きる可能性は、いろいろなところにある。私は、原発も地球の環境問題やエネルギーの問題の中では、決定的に大きな問題の一つとは考えている。が、もっと、基本的に大きな問題は、「人間だけが異常に増えすぎている」ということのように思う。これこそ、地球上の最大の「想定外」問題ではないだろうか。
地球から緑が削られ、住む場所を奪われ、毎日何種類かの生物が絶滅している。殆どの原因は人間である。毎日のようにテレビ番組でそうした人類への警鐘を見聞きする。それが、また、地球上の微妙な生物のサイクルを壊し、全体のバランスをおかしくしている。オゾン層の問題が、ここ20年位では大きな警鐘だった。オゾン層は、現在も破壊が続いているようである。
1800年、世界の人口は8億だった。今70億である。世紀末には100億を超えるとのことである。人間だけが異常に増えている。人間だけが「人間の権利」を主張している。他の動物や生物には、「生存の権利」は無いのだろうか? この膨大な数の人間が毎日食べ、エネルギーを消費する。その必要から、原子力という「新しい火」を手に入れたが、この「火」は完全にはコントロールされていない、危険な火である。全ては、人間の増加と、その飽くなき「進歩」が「想定外」の可能性を増やしてきた。
21世紀の本当の問題は、「人間だけの異常な増加」なのではないだろうか。