ベキ分布と想定 – 塚越 至

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ケンタッキー州公認会計士
塚越 至 
地震の大きさを表示するマグニチュードは、その値が2大きくなるとエネルギーが千倍になり、4増えるとエネルギーは千倍の千倍で百万倍になります。
今回の震災がマグニチュード9台だったことは、日本では年に100回ほど起きるマグニチュード5クラスの地震の百万倍のエネルギーが放出されたことを震源地に近い被災者は身体で感じたことになります。


しかし、震源地から離れた地にいる筆者などはマグニチュードが2異なることを耳にしても実感が伴いません。ひとつには、何事も全体から割り出す平均値の概念や、確率や分布を説明する正規分布の概念に慣れ過ぎているために、累乗とは何かを理解しても身体が反応しないからです。
教室で学ぶ正規分布は釣り鐘型をしています。中央を挟んだX軸の左右プラス・マイナスの範囲にどれだけ分布が集中するかを知る正規分布では、Y 軸の値が零に近付くと対象の事象が発生する確率は数パーセント以下に留まり無視されることになります。最も頻度が高い場合がどこに存在するかを抽出する目的に沿えば、発生の可能性が数パーセントにも満たない曲線の裾野の部分を軽視ないしは無視するのは当然のことでしょう。
ところが、X値の何分の一が何倍かのY値をもたらすという関係が成立する場合には、曲線は右肩下がりの反比例曲線になり、X軸の数値が零に近付くとY軸の値は急激に上昇し、逆にY軸の数値が零に近付くとX軸の値は無限大に近く右方向に移動し、曲線にロング・テールと呼ばれる大きな裾野を生むことになります。
このベキ分布では、事象を引き起こす要因(X軸の値)がかなりの範囲にわたって存在し、且つ、事象の発生も無視できない頻度になることを、今風の表現を使用すれば「見せる化」することになります。
地震の大きさと発生の頻度には一定の法則性が存在し、マグニチュードをX軸に、発生頻度をY軸にしたベキ分布になるといわれます。このベキ分布によれば、マグニチュード5の地震が年に100回起きて不思議でない日本では、マグニチュード7の地震が年に1回は起き、マグニチュード9の地震も千年に1度起きる可能性を知ることができます。
注目すべきは、マグニチュード5の千倍のエネルギーの7クラスが10年に一度ではなく毎年起きる可能性があり、更にその千倍の9クラスが一万年に一度ではなく千年に一度起きることを想定しなければならないということです。
震災後に明らかにされた通り、三陸沖から福島県沖ではマグニチュードが8台と推測される貞観地震が869年に起きたこと。更に遡った時代に、今回の大津波に匹敵するクラスの津波が宮城県の沿岸を襲った痕跡が地層に残っていることが報告されました。海岸線から数キロの地層中に海からもたらされた砂が堆積しているそうで、今回の内陸部での津波の被害範囲と合致します。
正規分布では過去に蓄積されたデータをインプットすると将来を予測するアウトプットの分布がある幅におさまる、すなわち、平均値が一定値に漸近する性格を持っているために、先に記したようにX軸と交わる時点の事象の発生頻度は無視できる程度にまで低下してしまい、考慮の範囲から漏れてしまうことになります。
更にマグニチュードの値の場合が示すように、ひとつの値をインプットに含めるか否かでアウトプットが大きく変動してしまう平均値の考えでは、判断を誤ることになります。
これがベキ分布では、Y値が零になるまでのX値の移動する範囲が広がりその間の事象の変化を捉え易くなります。そして、X値が大きく右方向に移動するとY値が零に近付くためにこれまでは「起こり得ないこと」として切り捨てた想定外の事象も起こり得ることを我々に教えることになります。
ベキ分布で広く知られるのが「80:20の法則」です。何事も20の要因が80をもたらす、というもので、焦点を絞る際の尺度に使用されますが、逆に、20の結果は80もの要因に左右されていることも語っています。こうして振り返ると、今回の大震災はベキ概念の欠如から生まれた人災だったともいえます。
このベキ分布は地震の発生頻度を予測するだけでなく、経済事象などの社会事象にも適用しリスク管理をせよ、と説いたのが昨年没した数学者マンデルブローでした。
伝統的なリスク管理では対処できない国際経済を混乱に陥れる金融派生商品も、何分の一かの変化が何倍かの効果を生むベキ分布にあるといわれます。学校教育の見直しも必要ではないでしょうか。
                     (完)