検索
最近のエントリー
- 「日本は最も戦略描けぬ国」(朝日) - 中村正董
- INDIA JAPAN GLOBAL PARTNERSHIP SUMMIT - 中村正董
- 50マイル圏外避難のインパクト(その1)- 廣川 謙一
- 「想定外」を考える - 中村正董(まさのぶ)
- 小林慶一郎(経済産業研究所上席研究員)ユーロが生んだ金融危機の種(朝日)|文責:中村正董(まさのぶ)
- 普天間問題と日米同盟(朝日)~ジョージ・パッカード氏の証言~| 中村正董(まさのぶ)
- 米国流通の変遷(2)|岩谷英昭
- 米国流通の変遷(1)|岩谷英昭
- 学習環境の激変 ~英語が出来ないと就職できない!~: マークなかむら
- 尻の穴を舐めて出世する法ー曲説異文化比較考:廣川謙一
About
2009年08月17日 13:17に投稿されたエントリーのページです。他にも多くのトピックエントリーがあります。メインページやアーカイブページをご覧下さい。
« ジョン万次郎他いろいろ: 吉田礼三 | メイン | 日本の将来:鶴亀 彰 »アメリカに生きる: 鶴亀 彰
今日は80歳と76歳になる、ある日本人夫婦の家を訪ねる機会がありました。夕食をご馳走になり、お二人のアメリカでの人生の物語をお聞きしました。ご主人の方は1955年に渡米しました。難民救済法に基づく日本からの農業移民でした。奥様の方は3年後にビザがおり、1958年に渡米しました。二人とも私と同じ鹿児島県出身です。
Mさんと言いますが、中部カリフォルニアのブドウ農園で働き、その後、鶏や七面鳥のオス・メスを鑑定する仕事を行いました。この仕事は手先の器用な日本人にはとても向いている仕事で、収入もとても良かったそうです。しかしやはり肉体労働であり、その後はロサンゼルスに日本から進出した証券会社の現地採用の社員となりました。15年ほど前に引退し、その後は地域社会のための貢献に務めていらっしゃいます。
その間にアメリカで生まれた三人の娘たちを育て上げ、それぞれは結婚し、立派な家庭を築いています。ところがその過程では色んな問題もありました。強い日本への愛国心を持つMさんは娘たちが日本人ないしは日系人と結婚することを望みました。しかし長女が連れてきた恋人は中国系の若者でした。Mさんは大反対しました。何度も何度も二人して懇願され、ついに堪忍袋の緒が切れたMさんは その若者の上に日本刀(Mさんは熱心な日本刀のコレクターです)を振り上げ、「どうしても結婚するなら、この刀で自分を刺してから結婚しろ」と言ったそうです。
ところが白刃の下で爛々と目を輝かせる若者の愛情の強さに負け、「勝手にしろ」と刀を放り投げたそうです。二人は勝手にし、結婚しました。そして二人の可愛い子供が出来ました。Mさんは孫の誕生に喜び、とても良いおじいちゃんになりました。新しい息子となった中国系の若者とはすっかり仲良くなり、一緒に釣りに行ったりと、今では昔の自分の心境が自分でも理解出来ないそうです。
一つの壁が壊れると、二人目、三人目は何の抵抗もなくなりました。次女はメキシコ系の若者を連れて来ました。三女はアイルランド系の若者を連れて来ました。今日では中国系の血を引く孫が二人、メキシコ系が五人、アイルランド系が二人、合計九人の可愛い孫がいます。義理の息子たちも中国系、メキシコ系、アイルランド系、いずれもとても良くして呉れているそうです。一緒に旅を楽しむ事も多いようです。
鹿児島県の寒村から米国に渡り、恐らくこの地で終焉の時を迎えるであろうMさんご夫婦ですが、お二人の命は日本人のみならず、中国やメキシコやアイルランドの命と一緒になりながら、この米国の地で、ずっと継承されて行くのだろうと思います。お二人が歩いて来られた人生の重みを感じながら、夜のフリーウェイを運転して帰りました。また明日の日曜日には二女の家族七人が遊びに来るそうです。(終り)
タグ:
日時: 2009年08月17日 13:17 | パーマリンク
