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2007年05月23日 13:43に投稿されたエントリーのページです。他にも多くのトピックエントリーがあります。メインページやアーカイブページをご覧下さい。
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インターカルチュラル・ビジネスセンター社
社長 渥美 育子
法則 5:“マイクロマネジメント”はモノづくりのみに
日本式マネジメントの特徴は、人を囲いこみ、数々の規則をあてはめ、こと細かく管理する“マイクロマネジメント(micro-management)”である。これは、日本の製造業がモノづくりにかけては世界一のレベルに達した秘訣であるが、これを海外でヒトづくりにもあてはめようとするので、多様な人々の動機づけに失敗する。海外だけではない。国内でももはや“マイクロマネジメント”方式で優秀な人材を育成するのはむつかしくなっている。日本企業のリーダー達は“知識産業時代”にグローバル規模で応用できるヒトづくりの秘訣は何であるか、じっくり考えなければならない時に来ている。
〔事例〕
日系の多国籍企業グループに属する二社が60-40の合弁で米国南部の州に工場を建てた。 新しいテクノロジーを使って不用になった親会社の製品を再生する事業である。日本の親会社から社長が派遣され、現地の米国人が副社長として雇用された。
日本の社長は、工場の立ち上げ一切をとりしきるほどの実力者だった。が、アメリカ人をことごとく本社グループのやり方で管理しようとした。ミーティングはすべて社長が一方的に規則やスケジュールを伝え、米国人と自由にディスカッションすることはない。副社長がアイデアを出しても、それは本社のやり方でないと否定する。人事関係の問題が起き、地域の雇用平等委員会から注意を受けた時、法律に詳しい米国社員が対応して、訴訟を避けることに成功した。褒められるかと思ったら、「なぜこの問題にそんなに時間とお金がかかったのか」と、Legal Code社会での必要な手続きを理解しない社長は、不機嫌だった。
日本の製造管理の技術はすばらしい。しかし、ここは自由な発想が人をやる気にさせるアメリカなのだ。日本からの駐在員も黙っているばかり。アメリカ人社員が集まると不満をぶちまけるだけで、一向に進展がない。
〔解説〕
日本本社は、現地リーダーを派遣する前に徹底的に相手の文化コードについてコーチングを提供する必要がある。
また、日本人のリーダーは「現地人を教育してほしい」と言い、現地の日本人は「本社をまず教育する必要がある」と言う傾向が強いが、グローバル時代のソリューションは両方がteaching-learningの関係に入ることにある。つまり、日本の製造業の幹部が現地人にモノづくりの原理を学んでほしければ、自らも現地人の持つソフトパワーを学ぶべきである。
〔事例〕
アメリカの大学を出たアジア人のGN・ティさんは、東南アジアにある日系の工場に将来のリーダー候補として採用された。ティさんは5年間米国企業で働いた経験があり、日系企業は始めてであった。この企業でいい仕事をして業績を上げようと意気込んで仕事をはじめたが、一週間で日本式管理方法に辟易してしまった。その上、本社からの情報不足で、余計に一方的に管理されているように感じられるのだ。どう自分の力を発揮したらよいか判らない。さらに、日本からの駐在員が、大事な交渉は日本語でやってしまい、ますます疎外感を味わった。1年3ヶ月の間に3度、深刻に会社をやめようと思ったとティさんは告白している。
〔解説〕
本社から派遣される現地リーダーの教育と、現地リーダーを育てる教育は一貫性を持たせて行い、相乗効果が上がるようにする必要がある。
ある日系企業の工場では、日本人と現地人を一緒に教育するのはタブーだと言う。理由は、余計に問題が複雑になるからだと言われた。こうした時代錯誤を破っていかないと、グローバル企業とか、ダイバーシティとかいう資格はない。
〔事例〕
中国本土に住むQian Weizhongさんは、現在30歳の現場監督で、全く外国語を話すことが出来ない。最近、彼の工場がある日系メーカーによって買収された。新しい工場長は東京本社から配属された日本人で、この工場長は、中国人の目には彼らを上から見下す『天皇』的な存在に映る。その為、Qianさんは彼にどうしても親しみを覚えることが出来ないでいる。
この工場の新しいシステムには、親会社の日本での工場運営法がそのまま採用された。例えば、フレームワークのしっかりした5ヵ年計画や、より厳格な品質管理システム、均一給与制度などである。このような変化に中国人従業員は息苦しさを感じ始めている。特に、数人の日本人が常に彼らを監視・検査しているために誰もがプレッシャーを感じるようになった。Qianさんは、自分の部下をどのように動機づければ良いのか見当がつかず、部下との間の揉め事に悩まされた。Qianさんが英語を話せないという事実が状況をより悪化させている。
またQianさんには、顧客サービスに日本の顧客は神様、中国の顧客は2等市民、というような差別的基準が適用されているように思えてならない。職場環境がガラっと変わったことに対する一種の反応だろうと彼自身は納得しているが、ほとんどの中国人従業員は、自分達が日本企業の利益とイメージのための道具として利用されているのだと感じていることも事実である。
〔解説〕
囲い込んでそのフレームワークの中でこと細かく管理するのが日本人のマネジメントのやり方だとすれば、中国人は全く反対にフレームワークで縛られるのが嫌いである。中国人を動機づけるためにはゴールを明確に設定し、公正だと説明できる能力判定システムを導入し、成果をあげた者を優遇する方式が良い。
また、本土中国人のメンタリティが初めは熱烈歓迎でも外国企業(特に日本企業)が利益を上げ始めると、すぐに‘搾取する人’‘搾取される人’という共産主義のメンタリティに変わりやすいので注意する必要がある。
以上たった三つの事例であるが、
* 必要な情報を与えないで“マイクロマネジメント”をヒトの管理に適応すると、現地人が急速にやる気を失くす。
* 動機づけの方法はその国の文化によって異なる
ことが理解できる。
では、どのようにしたら、現地人の息苦しさや失望感を内から沸き起こる仕事の充実感や、やる気に変化させることができるだろうか?
ここで視点を転じて、日本でなぜモノづくり世界一の技術が開花したのか、その背景を探ってみよう。
私は日本におけるモノづくりの原理が、
・ 米国から戦後導入されたデミングの“品質管理(QC)”の教え
・ 日本土着の神道における“モノに魂をふきこみうる”という信念の共有
・ 中国本土から伝わった“道”(Taoism)の精神のよみがえり
という、東西三つの主要文化の要素が合体したアマルガメーションだとみなしている。つまり、マルチカルチュラリズムの“いいとこ取り”が起きた結果なのだ。デミングのQCについては、戦前、職人気質とか‘こつ’といわれたモノづくりの秘訣が、手順と規則と数値で管理できるようになったのはまさにパラダイムシフトであっただろうと想像がつく。
一方、日本人が意外に気づいていないのは神道の影響だろう。天皇制との癒着を取り除いた純粋な神道は、“モノに魂をふきこみうる”という名人芸の心髄を形づくっている。私は十数年にわたってアメリカの製造業者が日本の顧客企業の期待にそえず何度も品質面で問題を引き起こすケースを扱ってきた。しかし、神道の話しをすると効果があった。論理的に納得すればフラストレーションを解決策の模索に向けることができる。本土中国人は神道=天皇制と短絡してとらえているので、このような説明は大きな抵抗を受けるに違いないが、根気よく説明すれば、日本への偏見を破る突破口になるかもしてない。(ところで、ある日本大手自動車会社の米国工場でモノづくりと神道の話しをしたら、さっそく日本人の人事部長から「宗教の話しをするのはやめて下さい」というメモがまわってきた。これが“マイクロマネジメント”の実態である。)
韓国経由で日本に移入される過程で仏教や民間療法と混じりあい形がはっきりしなくなった道教が、戦後の日本においてのみ“道”の精神としてよみがえったのはもっと注目してよい事実である。“道”が“改善”の推進力となった。日本では茶道、華道、ゴルフ道など全ての稽古事は“道”の精神に裏打ちされた精進による上達を求めているので、改善キャンペーンにもすんなり受け入れられたと思う。
“道”の特徴としては、学習の形態が型の模倣から出発すること、質問など軽々しくしないで身体が覚えるまで繰り返し練習に励むこと、小さな‘道’に励めばいつか大きな‘道’(つまり、人生とは何か?)を達観できること、絶えざる改善の必要性などがあげられる。海外にある日本工場を訪ねると、マイクロマネジメントの管理方式に“道”の影響が濃いと感じるのは私だけだろうか?特に叱るのが人を発奮させるという信念に注目しよう。
〔事例〕
STマニュファクチャリングのタイ工場で、日本人マネージャーが現地労働者のミスを発見した。日本から赴任してきたそのマネージャーは、労働者を製造ラインから引きずり出して、他の労働者全員の前で怒鳴り始めた。
ミスを犯したタイ人の労働者は非常に恥ずかしい思いをし、また彼の同僚達は日本人マネージャーがそのような無礼な方法で従業員を怒鳴りつけたことに驚き、開いた口がふさがらなかった。この地域では、上司が従業員を叱責する場合には、普通、人目のないところで行うものだ。
〔解説〕
このケースに対する日本人マネージャーの反応は「何度注意してもミスを避けられない。これくらいにしないと良い製品ができない」と言うのだが、目的が改善のための動機づけなら人前で叱るのが逆効果になっているのは明白である。中国でこのように人前で叱りとばせば一層の排日運動を引き起こすかもしれないし、米国ではハラスメントとして訴えられる可能性がある。
では、“道”の精神と<知識産業時代>に生産性をあげるのに必要な“プロフェッショナリズム“とを比較してみよう。価値の全てが180度反対であることが理解できる。
以上、大切な点をまとめると、
* 日本式“マイクロマネジメント”はモノづくりの秘訣であるが、これをヒトづくりにあてはめようとすると創造性を殺し、世界の多様な人々の動機づけに失敗する。
* グローバルな規模での<知識産業時代>の到来とともに日本企業のリーダーたちは 発想を切り替え、マルチカルチュラル、かつプロフェッショナルな立場から多様な人々の新たな動機づけの方法を真剣に探る必要が出てきた。マルチカルチュラルという理由はこれが文化のアイデンティティ衝突の時代の知恵であり、プロフェッショナリズムは異文化摩擦を最小限におさえる労働者倫理だからである。従って、この組み合わせは効果がある。
* マイクロマネジメントが必要な製造現場の管理方式を見ると、日本人が重視する“フレームワーク”と“道”の精神の適用が色濃く見られる。新しい動機づけは“道”の精神とプロフェッショナリズムという相反する価値の新たな組み合わせを探り、 労働者にプロの自覚と最大限の自由を与える方向にあるのではないか。
* “マイクロマネジメント”を適応される生産現場の人たちこそ、バランスを取る為 にもグローバルなものの見方や発想が必要になってくる。 現場でマニュアルを渡しトレーニングする前に、デミングのQC管理の背景となる米 国式マネジメントの発達や、日本の神道の心髄、古代中国の道教とそれが新しい形でよみがえった戦後日本の文化土壌などを彼らと共有すればこれこそが生きたマルチカルチュラル教育となる。本土中国人も自国発祥の道教が数千年の後に日本で全く形を変えてよみがえったと知れば興味をもつだろう。
* 各国の文化に固有な動機づけについては“Cultural Motivations(sm)”を扱う 稿で詳しく述べたい。
以上
日時: 2007年05月23日 13:43 | パーマリンク
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