検索
最近のエントリー
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (11) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (10) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (9) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (8) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (7) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (6) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (5) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (4) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (3) 渥美 育子
- 日本企業のためのグローバルビジネス成功法則 (2) 渥美 育子
About
2006年11月29日 16:05に投稿されたエントリーのページです。他にも多くのトピックエントリーがあります。メインページやアーカイブページをご覧下さい。
« アメリカ的交渉術 [安久和伸] | メイン | ジャガイモ・カルテル [塚越 至] »ミュージカルの主流はヒット映画の舞台化 [松島恵之]
コンサート型ミュージカルの凋落
筆者は半年に1回NYを訪ね、滞在中に6本ほどのミュージカルを観ることにしている。驚くのは半年の間に消えてしまう公演がいくつもあることだ。19年も続いている「オペラ座の怪人」などがあるのとは対照的だ。
「キャッツ」の後のウィンター・ガーデン劇場で「オペラ座~」並みのロングラン公演になりそうなアバの楽曲を使った「マンマ・ミーア!」。人気歌手やグループのレパートリーからミュージカルにする傾向は、「マンマ・ミーア!」の大ヒットで一時は主流になりかけた。このコンサート・スタイルのミュージカル(ジュークボックス・ミュージカルと呼ぶ人もいる)は、その後に続くビリー・ジョエルの「ムービング・アウト」辺りは健闘したものの、エルビス・プレスリーの「オール・シュック・アップ」、ジョニー・キャッシュの「リング・オブ・ファイア」、ビーチ・ボーイズの「グッド・バイブレーションズ」、ジョン・レノンの「レノン」などの不振でいつの間にか傍流になってしまった。昔懐かしいヒット曲を流せばそれで客が来るのか、創造性に欠けている、と批判されている。ロンドンでヒットを飛ばしている期待のクイーンの「ウィー・ウィル・ロック・ユー」はラスベガス止まりで、ブロードウェイへの進出は噂だけ。ただフランキー・ヴァリとフォー・シーズンズの「ジャージー・ボーイズ」は客の入りが良い。ジャージーを着た少年と言う意味では無く、NYの隣の州、ニュー・ジャージー(NJ)の略がジャージー。1960年代にNJで育った不良少年4人組が、人気絶頂のポップ・ミュージック・グループになる過程を描いているだけに、リアルタイムで知っている中老年の多くの観客たちは地元NJからハドソン河を渡って応援しに来る。彼らの大ヒット曲「Sherry」「Can’t Take My Eyes Off You」などになると劇場中が歌いだす。おまけに今年はトニー賞のベスト・ミュージカルを受賞しているので尚更だ。しかし舞台は期待したほどは盛り上がらない。私見を言わせて貰えば、今年のトニー賞は「ドラウジー・シャペロン」に与えられるべきだったと思う。事実ノミネート数は「ドラウジー~」が13に対して「ジャージー」は8で、「カラー・パープル」や「パジャマ・ゲーム」よりも下である。
主流は映画からのミュージカル化
そんな中でこのところ映画が元になってミュージカルが作られるという流れが主流になっている。「へアスプレー」「プロデューサーズ」「ペテン師と詐欺師:騙されてリビエラ」「美女と野獣」「ライオンキング」「ターザン」「パジャマ・ゲーム」「チキチキ・バンバン」「モンティ・パイソンのスパマロット」などなど枚挙に暇がない。舞台の製作費が最低でも20Mドル(23億円)を越え、入場料を値上げしても(今やオーケストラ席は$111.25、オーケストラの特別席は$251.25、ダフ屋値段ではない)1年以上ロングランをしなければ投資した製作費の元も取れなくなり、途中でこけないようオリジナル作品を避けて、ヒット映画から舞台を作る方式になってきている。その方が観客動員予測がつき安全で安心できるからだ。更には舞台が成功したら再び映画にしようと言う作品も出て来る。今年公開された「プロデューサーズ」がその例で、「ヘアスプレイ」も「ウェディング・プランナー」のアダム・シャンクマンが監督し、ジョン・トラボルタと18歳の新人ニコール・ブロンスキーの主演で映画の製作に入っている。(2007年公開)
ロマンティック・コメディ「ウェディング・シンガー」
その「ヘアー~」の製作陣が映画製作会社のニューラインシネマを加えてミュージカルにしたのが「ウェディング・シンガー」。日本では人気は今一だがアメリカで絶大な人気のコメディアン、アダム・サンドラーとドリュー・バリモアの1998年の映画の舞台化だ。
ニュージャージーのウェディング・シンガー(結婚披露宴専門の歌手)、ロビーは高校時代から付き合っているリンダとの結婚式を待ち望んでいた。式の当日リンダは一通の別れの手紙を送りつけ、式をすっぽかす。荒れ狂うロビーは仕事先の結婚式も目茶苦茶にしてしまう。ロビーを慰めるのが式場のウェイトレスをしているジュリア。彼女自身はジャンクボンドのディーラーで大金持ちのグレンと待望の婚約を果たし結婚式は目の前だ。しかし二人はいつしか魅かれ合うようになる。ロビーはリンダが戻って来てベッドに誘ってもビクともしないし、ジュリアは豪邸での贅沢な暮らしが目前だと言うのに、だ。時代の背景は80年代半ば、パンクなファッション、音楽、言葉が郷愁を誘う。おかしいのはバンド仲間。ギターはヴァン・ヘイレンに似ているし、キーボードはボーイ・ジョージのメイク・しゃべり方を真似る。終盤に登場するラスベガスのウェディングチャペルのオーナーたちが笑える。レーガン大統領夫妻、イメルダ夫人、プレスリー、シンディー・ローパー、チャカ・カーン、Mr.Tのそっくりサン(余り似てないが)総出で楽しい。舞台美術が凝っている。屋上の回転レストランの外の景色が変わっていく芸の細かさ。肝心の歌と踊りだが、幕が開いた途端に強烈なビートで、飛んだり跳ねたりのアクロバットとも言える大技のダンスシーンが繰り広げられる。助演で重要な母親役のベテラン、リタ・ガードナーが入れ替わって、顔を隠したスタントが側転を見せる大振りのダンスを披露。ネタがばれていても観客は大いに盛り上がる。脇役だがロビーを捨てるリンダ役フェリシア・フィンリーの歌唱が抜群にイイ。力強い声でリンダの性格をよく表して客を引き込む。
シルク・ド・ソレイユ的「ターザン」
「ターザン」は「美女と~」「ライオン~」に続いてディズニーが自社のアニメ映画をミュージカル化し、今年の初夏から公演しているものだ。トニー賞選考委員会が金でものを言わせるディズニーを嫌い来年度の受賞は覚束ないが、連日満員の盛況だ。ミュージカルを楽しむ要素は先ずは音楽、踊り、そして舞台美術だろう。「レノン」などはジョン・レノンの「イマジン」や「ウーマン」などの珠玉の名曲があるのに殆ど裸舞台で舞台美術のかけらも無かった故にこけたと思う。それに引き換え「ターザン」はあの狭い空間に思いもかけない工夫を凝らした舞台で観客は度肝を抜かれる。ジャンルは違うがオペラ「トゥーランドット」の第二幕でメトロポリタン・オペラの間口が広く天井の高い舞台をフルに使って大宮殿を作り上げたフランコ・ゼフィレッリの美術に、幕の上がった瞬間、観客から大拍手が鳴り止まず歌手が歌い出せなかったことを思い出した。横道に逸れたが「ターザン」の音楽はあのフィル・コリンズが担当して「Two Worlds」もアカデミー主題歌賞をとった「You’ll Be in My Heart」も膾炙している。観客は「ターザン」とは、と今更説明されなくともストーリーが分かりきっているから何を求めるだろうか?アフリカの大自然とそこに暮すゴリラやターザンがどう表現されているかだ。そこで、演出の経験は全くないがシェイクスピアからバレエ、オペラ、ストレートプレイなどあらゆるジャンルの舞台美術をこなして来たボブ・クロウリーに任せたのは正解だと思う。開場された舞台の幕には、嵐に揉まれる帆船とアフリカの地図が映し出されている。幕の左手には船長の航海日誌が月日を追って浮かび上がってくる。幕が開くと一気に観客は舞台に引き込まれる。船室で和やかに談笑する夫婦と赤ん坊が難破した船から放り出されて海中を泳ぎ、次には陽光眩しい砂浜に打ち上げられた彼らが俯瞰で登場する。垂直にしつらえられた砂浜をワイヤーで吊られた夫婦は立ち上がって歩き出す驚き。ロープを使ったゴリラたちの飛翔、それは舞台の上だけでなく観客席の上も飛び回る。黒豹の、目にも留まらぬ速度での跋扈、これが本物の黒豹に見えるのだ。ジャングルの深緑の繁みは天井から下まで覆いつくす。さらに巨大な蜘蛛の巣に取り込まれたジェーンが紅白歌合戦の小林幸子か美川憲一の様にせり上がって巣の中に張り付けられる様子、シルク・ド・ソレイユばりの花の舞など、ボブ・クローリーの独壇場だ。観客は王様。信頼は勝ち取ると勝負は早い。ターザンとジェーンの情愛の描き方など少しばかり演出力に欠ける部分だって大目に見てしまう。確かに「美女~」や「ライオン~」に比べればストーリーの展開、カーチェクやカーラ、タークなどゴリラとターザンの関係、ジェーンとのロマンスなど描き方が表面的かも知れない。しかしフルハウスでチケットは先々まで売り切れ。決してTIKTSには出回らないプラチナチケットのようだ。
爆笑スパム攻撃の「スパマロット」
05年のトニー賞ベスト・ミュージカルの「モンティ・パイソンのスパマロット」。タイトルは迷惑メール(ここではくだらないコントか?)を意味する「スパム」に彼らの城「キャメロット」を組み合わせたものと思う。余談だがスパムは缶詰肉のことだが迷惑メール「スパム」の語源はモンティ~のBBCTV番組の中から生まれた。コントで夫婦がレストランに入ったところ、ほかの客が 「スパム!スパム!」と大声で何度も叫んでいて、夫婦もスパム入り料理を注文せざるを得なくなった。そのしつこいスパム攻撃のイメージから出たと。モンティ・パイソンの4本の映画で一番人気はキリスト最後の晩餐時の「聖杯」を求める中世十字軍のパロディ。1975年のテリー・ギリアム(その後「12モンキーズ」や「ブラザーズ・グリム」などの監督)とテリー・ジョーンズ共同監督した映画「モンティ・パイソンと聖杯」をベースに冒頭のイングランドとフィンランドをかけたコントを初め、現代風の華やかなレビューやボードヴィルを付け加えて展開する。アーサー王がランスロットやロビン卿など十字軍を率いて聖杯を捜し求めるのだが、10世紀なのにカジノあり、ラスベガスあり、最後は何とブロードウェイにやって来て、現実に客席の座席の下で聖杯を見つけ出すという相変わらずのドタバタ。これが抱腹絶倒!ギャグも上品なものではない。フランス人やユダヤ人を揶揄したり、オナラやゲイをネタにしたものばかり。それでも誰も眉を顰めるものはいない。オリジナルのアーサー王役ティム・カリーがいなくなって殆どの俳優が入れ替わっても人気が衰えないのは、これがミュージカル役者でもたせるショーでないという証左だ。事実Lady of the Lakeは筆者が見たときはアンダースタディだったが、見事な歌唱力で演じきり大拍手を受けていた。因みにこのLadyやピチピチのLaker girlsたちはオリジナルのモンティ・パイソンには登場しない。60年代末期から70年代半ばまでのTVやその後の映画のモンティ・パイソンで育った中年から初老の人たちを中心に盛り上がる。日本では映画は4本紹介されたが、元となるTVは東京12チャンネルが「空飛ぶモンティ・パイソン」として1976年の半年間25回放送している。観客はエリック・アイドルの名曲「The Holy Grail」「All for One」など馴染みの歌に合わせて口ずさみ、最後には劇場中がカラオケよろしく字幕の歌詞を追い「Always Look the Bright Side of Life」の大合唱で終わる。
オリジナルで健闘する「ドラウジー・シャペロン」
オリジナル作品の難しさは今まで述べて来たが、その中で特異な存在で成功している「ドラウジー・シャペロン」について触れたい。今年のトニー賞を目指して立ち上がった作品群の中で絶好調の滑り出しを見せている。事実ベスト・ミュージカル賞は逸したものの、脚本、オリジナル・スコア、助演女優、舞台美術、衣装、と5本のトニー賞最多受賞数を誇る。何が凄いかと言うと先ずマリオット・マーキースと言う大劇場で連日ソールドアウトの大当たり。歌も踊りも傑出しているとは言い難いがストーリー展開が面白い。
時代は現代でNYの何の変哲もない中年男のアパート。彼が自宅の椅子に座ってミュージカルについて語り、そして28年(大恐慌の前年)に大ヒットした「ドラウジー・シャペロン」の魅力について話し始める。勿論彼はリアルタイムで見てはいない。舞台に感激した母親から貰った傷の入った2枚組みのレコードをかけながら語りだす。レコードと共に劇中劇「ドラウジー~」が進行し、狂言回しの彼の語りとが交互に演じられる演出だ。彼の言うようにこの劇中劇のミュージカルはそれ自体良く出来ている。ジャズ、ブルース、ディキシーなどメロディアスな音楽やタップも含めた踊り、ボードヴィル的に笑わせる掛け合いなど要素をてんこ盛りにして展開する。ブロードウェイのスターが結婚して引退をしたいと言い出し、婚約者の男にその付き添い・ベストマンや引き止めようとするプロデューサー、彼に付きまとって売り出したいコーラスガール、会場を提供している富豪の未亡人とその召使、そして花嫁の付き添いで絶えず酔っ払っている付き添い(ドラウジー・シャペロン)の峠を過ぎた中年女優。楽しいのは男がミュージカルはこうあるべきと言う視点を持っていて、今時の作品をこき下ろすことだ。曰く、3時間もかかる作品は観客にプレッシャーを与える、すべからく2時間で抑えるべきだ。インターミッションは要らない。幕間の20分で夢や幻想など夢幻郷の世界から現実に戻され明かりがつくと観光客の群れの中にいる白けきった空しさ、などなど。筆者も常々思っていることなので快哉を叫びたく、また多くの観客が同意見で拍手を送っていた。最高に傑作な場面は、2幕開けでいきなり登場人物が派手な中国の音楽と仮装で現れ舞台が始まることだ。慌てた男はレコードを取り替える。通いの家政婦が、触れるなと命じているレコードに触って入れ違えたためのミスだと言い訳して元のストーリーに戻って行く。語り部の男を演じるボブ・マーティンは共同脚本の一人。彼の哲学が貫いた見事な舞台だ。
オズの魔法使い以前の「ウィキッド」
オリジナルでこの数年頑張っているのが「ウィキッド」。「オズの魔法使い」の一時代前、二人の魔女の恋・名誉・権力の争いが中心。89年に出されたグレゴリー・マクガイアーの小説に基づく原作ものだ。しかし楽曲はつまらないし退屈。メロディが流れて行かない。歌唱力は相応な人たちなのに、歌い難そうに感ずるのは筆者の考えすぎだろうか。それでも主人公の魔女二人のデュエットは上手いから聞き応えがある。見ものは縦横に空を飛ぶ魔女と舞台美術だとの触れ込みだが、とてもじゃないが市川猿之助には敵わないし「レスタット」の吸血鬼の方が自在に飛んでいた。また「ターザン」を観れば2度と魔女の飛翔の話など持ち出さないだろう。
その他に短期上演だろうが「マーティン・ショート:Fame Becomes Me」が満員だった。カナダ出身のコメディアンのショートが脚本を書き自分の人生らしきものを回顧して、お下劣なギャグを交え喜ばせる。ショートの声は今一魅力不足だが、歌唱力は抜群だ。作曲は親友のピアニストとして登場するマーク・シャイマン。出演者は6人だけだが決して小さなショーには見えず、スケールの大きさを感じさせる。また単純な作りの舞台だがライティングの美しさで見事に変化を付けている。
いつも思うのだがこのところブロードウェイに日本人の観客の姿が少ない。日本人はミュージカルが好きな筈だが、日本で劇団四季や東宝ミュージカルや宝塚の似非ミュージカルに満足しているのだろうか?
歌唱力、踊り、台詞回し、舞台装置、どれを取っても四季などは足元にも及ばないが、四季に毒され四季のスクリーンをしたミュージカルらしきものが超満員なのには驚くと言うより悲しくなってしまう。
日時: 2006年11月29日 16:05 | パーマリンク
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://dp31256841.lolipop.jp/main/mt-tb.cgi/21
