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2007年01月14日 16:00に投稿されたエントリーのページです。他にも多くのトピックエントリーがあります。メインページやアーカイブページをご覧下さい。
« ジャガイモ・カルテル [塚越 至] | メイン | ハリケーン被害とアジア系米人-(土地の使い捨て主義とアジア人の知恵) [塚越至] »米国事業事始めー第十一章 全員参加の経営/マイカンパニー [鈴木一広]
長い海外勤務中に、E-I活動で教えられた事が余りにも大きく、その後の自分の経営理念や又退職後始めたコンサルタント事業への影響も大きかった。
この章ではE-Iについて、もう少し触れてみる事にしたい。
そして、この活動を行うには、働く者同士が皆同じ土俵に立って同じ目線で物事を考える、要するに「全員が自分達の家族を守る運命共同体の様な意識」を持つ事が必須でもあった。
「E-I」は、所詮経営手法の一つに過ぎないが、自分自身が海外勤務者という立場を超えて現地社員と運命を分かち合う気持が必須で、それは経営の一手法というよりは自分の経営姿勢そのものとなった。その覚悟無しでは、決して取り組めない活動である事を実感した。
又、それは時として、一部の自己中心的な社員達との戦いの場でもあった。
従って、このE-I活動を交代要員として赴任された次期社長さんに引き継ぐ事は致しませんでした。
これは、決して次期社長には重荷だという事ではなく、会社の海外派遣計画からみて次期社長の駐在期間が、現地で骨を埋めるという状況には無い事が予想されたからであった。
日系企業の管理者としては当然の事ながら、「現地社員を上手に管理しようとか、指導して行こう」という意識がありますが、この意識だけでは、おそらく上手くいかないだろうと思います。
仕事を通じ、共に、苦しみ、楽しみ、勉強する中で、お互いに成長する事が活動の目的であるからです。
ただし、次期社長へは「E-I経営」の引継ぎはしませんでしたが、E-I活動のDNAと言うか、E-I活動の実践教育を受けた大勢の社員達を引き継いでもらう事が出来ました。
1) 会社での自分の役割と自分の仕事への認識
自分の仕事と会社との関係を真剣に考え、討議する事が先ずE-I活動の出発点でありました。実際に、社員全員にアンケートを出す事から始めました。
そして、自分自身も皆と一緒になって、一週間の間に自分達がやってきた仕事の全てを書き出してみました。
そこには、本来担当でもない仕事をしていたり、人の援助で時間を費やしたり、更に立って仕事をすべき人が意外と歩き回っていたり、などといろいろな事が判ってきます。
又、自分の仕事が、会社にどの様に貢献出来ているのか?業務分掌には関係の無い仕事をしている事等も判ってきます。
これに文句を言ってはいけません。これが現実で、実はこうする事で、毎日が運営出来ていたのです。
この内容と自分たちの職務表を見比べて、自分達のあるべき姿と仕事の出来栄えを具体的に表現し、その妥当性をトップやコーチ役と確認し合います。
各職場で、自分達の仕事の状態が目で見て判る様に、自分達で管理表を作成します。
管理表の作り方、評価の方法等が各職場で公平な事も大切な条件です。
その為、管理表の作成には技術の専門屋さん達が、指導、援助します。
そして、管理表には、生産性、品質、コスト、安全などの項目とそれらに対する職場の目標値も記入します。
一番大切なのは、目標設定の作業です。
まず、目標は、設備、機械、作業方法などから、理論的に説明が出来るもの、会社側が希望する数値ではいけません。むしろ現在の設備や作業者の能力から出た実績値をベースにし、これをどうやって何処まで高めるか?を検討して各グループが自分達で目標を決めて行くのです。
要するに、会社目標では無く、自分達の目標にする事です。
この時の作業は、トップダウンでは駄目であります。
「私達は、これこれ、こういう理由で目標をこの様に決めました」という説明を聞く事の方が大切です。
「更に、目標達成の為には機械等の改造を他部門に依頼したい」等という条件も入れて、説明会を開き最終的に決めていきます。
そして、出来上がった目標に対し、自分達で実績を書き込み、毎日確認すると共に、若し上手く行かない場合は反省をし、必要ならSOSを発信します。
「機械がよく故障します」「欠勤者で困っています」「部品、材料が予定通り届きません」等々。
このSOS信号を見逃すことのない様、又SOSへの救助隊を手配するのが、コーチ役、マネージャーの仕事となります。
もう一つ、重要なのは「SOSの処置が終わった後の報告と何故SOSが出たかの徹底的な原因追求と対策処置です」
「SOS発信」を非難しない事。このSOSによって会社が救われた事、更に今回のSOSで、改善が進んだ事を先ず感謝した上で調査に入ります。
目的は、明瞭です。「目標を達成する事で、今迄頑張ってきた事が報われ、全員で喜びを分かち合える」この事を判ってもらう為だからです。
人は失敗から学ぶのは当然の事ですが、むしろ会社のムードを盛り上げるには「小さくても良いから成功した事を共に喜び、自慢すること」を奨励します。
これが職場を明るくします。
「おい!俺たちは遂にやったぜ!」と声高らかに叫ぶことです。
職場の自慢は、グループメンバーの自信と誇りを高めます。
ただし、低い目標値では価値がありません。実力を少し上回る目標に対して、何処まで出来たかを評価し、褒め称える事が上司の仕事でもあります。
「俺たちの職場を見てくれ」「お父さんの職場を子供にも見せたい」ここから明るい工場参観日の提案も生まれました。
2) お祭り屋の存在―子豚ちゃんのキッス
E-Iを盛り上げるにはお祭りも大切です。
日本でも、昔から名君とうたわれた殿様の多くが、その城下町に今も残る祭りを残しています。
豊作祭り、大漁祭り、そう人生は祭りなのです。
海外で新しい拠点を立ち上げる時、以外に忘れられているのが、立ち上げメンバーの中に、祭り男がいることの重要性です。
何もサウスウエスト社の社長だけでなく、明るい職場つくりは全ての経営者の願いでありましょう。
「おい!この中に、お祭り男はいるかい?」
新拠点の海外勤務者の名簿を出した時、よく上司に聞かれたものです。
E-I活動の推進でも、「職場でのムードメーカー」は重要な要素でした。
仲間が一緒に笑いあえる事、これが一緒に苦しむ事が出来る基礎であります。
地域あげての募金活動、United Way 募金にまつわる話です。
地域での募金活動には、我々の会社は常に先頭を走り、又地域社会もそれを期待して来ました。
今でこそ事業活動では注目されているCSR活動であります。
この活動の活性化に早くも目をつけたのが、E-I推進チームです。
募金ですから、強制はいけません。
皆さんの慈善の心をじっと待つしか手がありません。
「毎年同じ事をやって結果を待つ?これでは、いかん!」
早速、事務局から入手した“募金活動のPRビデオを使い社内会議等でアッピールします。
「新鮮味がないねえ~」
工場の中で誰かが言った一言からアイデアが芽吹きました。
「子豚ちゃんとのキッスにしよう!」 「?それって何?」
ところで、米国南東部、このNC州は、タバコについで養豚が盛んです。
「東京のレストランで食べた“とんかつ”は、実に美味しかったよ!」
国際会議などで、日本を訪れる州政府の代表達が、よくこんな自慢話をしながら帰ってきます。
実は、本当の理由は、豚肉輸出国の最大のお客さんは日本である為、東京ではとんかつ屋さんに寄る事を州としても進めているのです。
日本のとんかつ屋さんの腕前を自慢しながらも、実は自分たちの養豚事業のPRをしている様なものなのです。
その子豚ちゃんに活躍してもらおうというのです。
ルールはこうです。
「私は$00ドル寄付しますが、これはマネージャーAさんの名前でします」
と名前を指定します。
指定できる名前は、日頃ボスとして憎まれて(?)又は慕われているマネージャークラスに限定しました。
そして、募金額で最高になった、もっとも人気のあった幸運なる(?)マネージャーは、全社員の前で子豚ちゃんとキッスしなければならないのです。
この方法は、現地のドネーションでは、時々使われる様ですが、訳の判らない日本の駐在員、特に日頃仕事で厳しい“自称鬼指導員”などは戦々恐々です。
「自分が名誉ある(?)人気ナンバーワンになったらどうしよう」
人気投票の進行状況は、毎日社内の掲示板に表示されます。
お祭り好きの連中は、更に作戦を練ります。
票をまとめて、最後にどんでん返しの結末を演技するのです。
もう、社内は大変、そして結果は、常日頃から強面で鳴らす“現場のおやじ”ヒゲの鬼課長がめでたく(?)当選です。
いよいよ募金の成果、個人成績発表日であります。
全社員を集めた発表会場に、ピンクのチャンチャンコを着せられた子豚ちゃんが美人社員に抱かれて颯爽と登場します。
いよいよ世紀のキッスシーンとなります。ところが、キッスを嫌がって逃げ出したのは人間様ならぬ子豚ちゃんの方です。
これは、嫌ってなどと言う生易しいものではなく、もうヒゲ面に恐れをなしてキーキーと逃げ回ります。
やっと取り押さえられて、目出度く結婚式並みに「花嫁キッス?」が完了、全員の祝福をうけて子豚ちゃん、会場から逃げ去ります。
後日談、この子豚ちゃんとのキッスはこの年で取り止めとなりました。
キッスの儀式なら“ミス子豚”に選ばれた同じ豚ちゃんと決めたのですが、翌年には、この子豚ちゃん何と体重100キロを越す“大姉御豚さん”に成長、今度は人間様の方が恐れをなして予定変更となりましたとさ。
3) 社員の評価―仕事の重要度と難易度
人の評価は、会社運営上で重要な課題であり、人の公正な評価には誰もが頭を悩まし、また評価される側には何時も不満がつきまとうものです。
人事評価制度の研究は、事業立ち上げ当初から重要課題ではありましたが、どれも正解といえるものは見当たりませんでした。
本社の制度は、海外運営には最適とも言えず、グループ内各社をはじめ日系、外資を含む多くの現地会社の実態を調査、各社の人事担当者等と勉強会もやりましたが、これはというものは見つかりません。
結局、進出日系企業など各社の実例を参考にして決めました。
といっても、給料には常に不満が付き物ですから、上司の人達は大変です。
昇給発表後、各マネージャーは当分の間、部下の説得に頭を悩ませます。
しかも、「E-I」活動では、仕事の決定裁量権限なども変ってきますから、どうも従来の給与配分の考えでは、実務と評価が連動しなくなってきます。
給与体系の根本的見直し、給与システムの構築に「E-I」チームを活用する事を決意しました。
簡単に言うと給与制度を社員達に作らせるという冒険でした。
人事マネージャーを事務局にして、各職場から、担当者、チ-ムリーダー、マネージャー等、職制階層を交えた「給与システム作成チーム」を結成しました。
メンバーは自薦、他薦と自由で、私も当然メンバーの一人に立候補、推薦されました。そしてコンサルタント探しを一任されました。
会社のポリシー、高能率、高賃金、公平、平等、透明性を目的にした制度を作り、全社員に公表、支持される為に、3年間の長期構想を立てました。
内容を紙面に示す事は無理ですが、概略は以下の進め方を取りました。
一年目に、もっとも相応しい給与システムのコンサルタントを見つける事。
そして、情報の収集、給与に対する会社の思想、方針の確認、そして新制度の原案の作成をする。
二年目に、職種別、能力別の具体的な定義と給与レベルの基本案を完成させ、これを業界の実情に合わせて、その妥当性を調査、調整しながら会社としての給与制度として完成する。
三年目にこのシステムの全社員への公開、合議をうる為の広報活動、社内会議の展開、給与システム改正に伴う各個人への影響等説明と実施の予告をする。
四年目より、新給与制度を採用した。この間のチーム活動と研究の進捗状況は全社の月例会を通して、毎回全社員に説明する事にした。
システム構築には、大変な時間と労力を要したが、自分達の給与を自分達で決めるという初めての試みにチーム全員が燃え上がった。
そこには、次の様な基本事項の合意があった。
それは、仕事の重要性は皆同じ。すなわち社長も、工場の組み付けラインで働く一社員(我々は初めから、社員をEmployeesとは呼ばずAssociatesと呼んだ)も全く同じという考えの確認であった。
文字通り、従業員ではなく、それは働く仲間であったからだ。
一方、仕事を通じて、会社に与える影響度や仕事遂行の為の難しさには、それぞれの役割によって違いがあり、それが評価への差となるという認識であった。
チーム活動は週に一度という密度の濃いものであった。
更に、10余名のメンバーの中には、事前に職場の意見をまとめて出席する人もいて、会議は効率的に進められた。
E-Iのチーム活動をスタートさせるには、必ず基本ルール(Ground Rules)の確認から始める事にしていたので、、給与研究活動もこれに従った。
このGround Rulesは、会議の進め方を成文化したものですが、かなり面白いといって、お客様の中には参考にされる方もいました。
1998年、日経連の米国視察団の訪問があり、この時、「この基本ルールのコピーを頂けませんか?」と希望された方がいた。
英文のものではあったが、持ち帰って頂いた。
要は、会議では職位の上下に関係なく全ての人が自由に発言出来る事、議決には、皆等しく一人一票の原則、そして会議で決まった事項は、参加者全員がこれを支持することの重要さを訴えています。
この中に“Don’t sleep”という項目があって、皆さん笑われますが、実は日本のかなり上層部の方の中に多い例で、会議中じ~っと目を閉じ、一言も発言せず、会議の後で、腹心の部下を呼んで「おいっ!今日の会議では、皆んなこんな話をしていた様だが、おれは実はこうあるべきと思うからそのつもりで、しっかりみて行くように!いいな!」なんて事が多いのです。
私達はこれは会議で眠っていたと解釈します。無視します。
新給与システムでは、職務に要する知識、経験とか職務が与える会社へのインパクト度など多くの項目が具体的に評価され、点数表示となってこれに金額が連動するシステムとなり、これらの評価点をチームメンバー、コンサルタントで検討し決めていきます。
上司の評価のみによる偏り評価を防ぐ事が可能であり、該当職種の同業他社との関係も比較参考にする事が可能です。
新規採用、途中転職、昇格等にもこのシステムが適用され、又、現在社内で、どの職種で、どのレベルに空席があるかも判り、上級職への挑戦も出来ます。
何より、嬉しかったのは、自分達のシステムに誇りを持ち、給与に関する苦情が消えた事と「自分達の働きが賃金に繋がっている」という思いを全員が持ってくれた事かも知れません。
自分達の会社、自分達の職場 自分達の参加で仕事が、会社が動く事。
それが、目に見える事に喜びが湧くのでは無いだろうか?
社員の教育レベルも高く、世界でも珍しい程、格差の少ない日本社会で聞いていた「全員参加の経営」は社員の全てが反対も無く受け入れたが、実際は誰もが「概念的に理解していた」だけの様に思えます。
一方、一般的に個人主義の意識が高く、全員参加の経営なんて全く理解しようとしない米国で(一般にそう言われるが、、、)本当に毎日自分達が主役で働くという実践を通して、決して「概念的理解ではない」本当の全員参加の経営活動が出来た事に驚きを感じます。
ある人から、「カズさん、海外での工場経営は、日本よりレベルの低い人達を使うのだから、しっかりしたルール、マニュアルを作り、これをきちんと守らせる事が全てだ!変な事を考えてはいけないよ!」と叱られた事があります。
しかし、日本では体験も出来なかった全員参加の経営が実現出来た様に思う。
その最たるものは、次の言葉で代表された様に思えた。
「カズさん、来年の経営状態がこんなに厳しいのなら、今年の昇給は見送りましょうよ!我々が全員の説得をしますよ!」
この話を、職場代表だといって数名の人達が申し込んできた時だった。
第十一章での教え:
1) 全員参加の経営は、社長がいくら叫んでも駄目です。権限を与え経営に参加させてあげて、初めて出来るものです。
2) 人は、誰でも自分のやった事を誰かに見て欲しい、認めて欲しいと思うものです。こまめに見てあげて、小さな成果を誉めてあげる事です。
3) マイカンパニーはマイ会社ではないのです。マイ仲間なのです。仲間と何時も話をすること。若し、貴方が一日中、仲間と口も聞かない日があれば、仲間は一日分だけ貴方から心が離れています。
日時: 2007年01月14日 16:00 | パーマリンク
