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2007年05月29日 20:04に投稿されたエントリーのページです。他にも多くのトピックエントリーがあります。メインページやアーカイブページをご覧下さい。
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インターカルチュラル・ビジネスセンター社
社長 渥美 育子
法則 10:評価の相対性原理を適用する
この稿は最終回なので、私が米国で多文化/グローバル教育を始めた22年前から、悩み、戦い、憤慨し、何とか新しい説得性のある理論を突きとめたいと望んできた「グローバル時代の評価方法」について書いてみたい。
結論を先に言えば、限定された場で正当性を持つニュートンの法則が宇宙全体にはあてはまらず、アインシュタインの相対性原理を必要としたように、これまで長い間、各国や一つの文化圏で通用してきた評価方法がグローバルな場ではあてはまらないということである。あてはまらないどころか文化圏によって価値のコードが違うため、従来の評価方法は往々にしてネガティブな結果-傲慢、蔑視、切捨て、憎悪など-を生み出してきた。地球規模で通用する新しい評価方法が、今や“待ったなし”で必要なのである。
(1) Legal-Code、Moral-Codeでは評価基準が正反対
Legal-CodeとMoral-Codeの文化圏では価値体系が正反対なので、当然判定の仕方も反対である。具体例と問題解決のための新しいルールを考えてみよう。
〔経験1〕
日米では評価方法が違うと気づきショックを受けたのは80年代の中頃、ゼロックス社のロチェスター工場で日米クロスカルチュラルセミナーの初日が終わった時であった。当時は異文化ビジネスセミナーが登場したばかりで、IBC社は草分けと見られていた。トレーニング担当のアメリカ人の男性が現れて、「質問はたくさん出ましたか?」とたずねた。とっさに私の“日本的判断”が働いて「質問がたくさん出たのは私の(英語による)説明が下手な証拠だ」と思い一瞬戸惑ったが、仕方なく「かなり」と答えた。彼は「それは良かった。上手くいった証拠だ」と評価してくれた。
帰途、飛行機の中で、「なぜ質問がたくさん出ると成功なのだろう」と自問したことを覚えている。アメリカ人が日本やアジア諸国でプレゼンを行ったら、質問が出ないので失敗したと思うだろう。しかし、質問の数より質(深さ)の方が大切なのではないか?それはインストラクターだけではなく参加者の質や能力によるものではないか?疑問は次々に湧いたが、米国における制度としての評価方法や基準はもちろん変わることはなかった。
〔経験2〕
米国での評価については、もっと難関にぶつかった。‘形式’(Form)と‘内容’(Contents)の関係である。長い間、日米をテーマとする二日間のセミナーの場合、米国人のインストラクターと私がチームを組んで教えていた。米国では‘参加型’
(Interactive)スタイルが圧倒的に高く評価され、説明が多いとたとえ図を多く使っても‘講義型’(Lecture)としてネガティブにしか評価されなかった。質問が多いと成功というのも、内容よりも参加者を巻き込む度合いによる評価だったのだ。チームインストラクションの分担は、まず私が内容を提供し、セミナノートブックをデザインする。セミナーが始まると、私が図を用いて日米の根本的な違いについて例を挙げて説明する。米国人の彼がすぐさま参加者を巻き込んでそれを現場に落とし込んでいく。彼はなかなかの役者で、セミナ終了後の評価シートでは大抵の場合、彼に対する評価の方が上だった。私は「内容を提供しているのは日本人の私だし、外国語である英語を使って一生懸命説明しているのに努力を評価してくれない」と不満だった。米国人が外国人移住者にも同等の権利を認める代わりに文化的ハンディキャップを認めない(つまり‘参加型’が良いという基準を全てのインストラクターに同様にあてはめる)ことに気付かなかったのである。日本人が外国人には別の基準を適用するのと対照的である。後で考えると、米国人の聴衆が「日本人としてはよくやる」と拍手喝采してくれていたら、本当に彼らにアピールするパフォーマンスの仕方を自分のものにすることはできなかったに違いない。だからといって米国人の判断基準を全面的に誉めているのではない。彼らは日本人という講義型ハイコンテキスト(=人間関係を含めて状況におぶさった判断が強い)のコミュニケーションをする人間とどうビジネスをしたら良いかを学ぶためにセミナに参加しているのだ。少なくとも半分は日本型/アジア型のコミュニケーションスタイルを体験し、評価すべきである。‘内容’と‘形式’の一致の度合いを評価基準の一つにするというのが私の考えであった。
〔経験3〕
前に述べたように、アジアへ転勤していく米国企業の顧客とその家族が人間的にも暖かく、真剣に新しい文化について学び、支払いも期日どおり、非の打ち所がなかったので、感謝の気持ちをこめて後に続く顧客にディスカウントを申し出た。アメリカに移住して間もない頃のことである。この“人や状況”によってサービスの条件を調整するという人間関係中心の社会ではごく当たり前のやり方が、法的社会の米国では「曖昧且つ不当な価格設定」とネガティブに判定されてしまった。
このような日米での「評価の基準」の違いは挙げればキリがない。一番良く知られ、最も大きな問題を長期にわたって引き起こしたのは日米の貿易摩擦が悪化した80年代だった。米国側は具体的な数値を摩擦解消度の判定手段として要求し、日本側は‘努力目標’を掲げた。また、日本はこれ以上できないところまで‘誠実’を尽くしていると主張したが、英語の‘Sincerity’が「言行一致」という意味なので、日本は口約束ばかりで結果が伴わないと一層非難された。
ではLegal-Code対Moral-Codeのようにコードが違うため評価方法が正反対である場合にはどのようなルールが共通ルールになりうるだろうか?
共通ルール1: 相手が100%ネガティブに見えたら、自分がシングルレンズをかけている証拠。マルチカルチュラルレンズをかけることができれば双方のプラス面、マイナス面が見えるはず。 © Ikuko Atsumi, 2006. All Rights Reserved.
共通ルール2: マルチカルチュラルレンズをかけるために、上から世界全体を見下ろす視点(Global Perspective)を持ち、Legal-Code、Moral-Code、Regional-Code間の評価基準の違いを理解しておく。
共通ルール3: 自己の正当化、相手に対する無視/蔑視/一方的批判/攻撃は文化の相対性(絶対に正しい一つの文化は存在しない)を理解すればナンセンス。双方が評価基準の違いを理解したうえで最適化(Optimization)を考える。
共通ルール4: メガトレンドは多文化のアイデンティティを認めながら、文化の違い
を超えて世界共通ルールをつくる方向に動いていることを理解する。
(2) 地域(Local/Region)の評価にグローバル性を加えるには?
評価をなるべく全方向(All Round)に広げ、公平さを持たせる試みはすでに実行されている。大学で教授と学生が双方向に評価しあう制度や、企業で普及した“360度Review”はその良い例であろう。これを特定の場所/地域(企業の拠点や国、地域、文化圏など)においてなされる数多くの世界全体や異文化問題に関する評価にあてはめられないだろうか?ここで取り上げているのはもちろん国際機関による判定よりも、ビジネスに携わる個人や企業グループが日常のルーティンの中で下す判断や評価についてである。
〔経験4〕 ニューヨークにあるN証券米国本社でマネージングディレクター(常務・専務クラス)を対象に、日・英・米間のコミュニケーションと仕事の協力関係について、グローバルな視点から理解し向上させるためのセミナを開催した。参加者は長年の経験とノウハウを持つ米国人のビジネスリーダーたちである。フィードバックでは、N証券を真のグローバルプレーヤーにするためにこのセミナ(Contents)を米国で働く日本人の同僚に、日米両社員に、日本本社の重役に、英国/ヨーロッパ拠点、及びアジア拠点のメンバーに、全ての社員に、新入社員全員に行うのが望ましい。つまりグローバルトレーニングにしたいという意見が圧倒的だった。しかしどのような形(Form)が望ましいかについては、(a)グローバルな部分は導入であり短くていい(b)“Cultural Motivators ”のようなツールを即刻日常ビジネスのケースにあてはめてハウツーを中心にしてほしい、従って(c)グローバルトレーニングは3時間が最適であるという意見であった。
稿末の世界地域別価値観の表を見ていただきたい。(a)(b)(c)は次の理由から北米(とくに米国)という地域に特有の価値観だということがわかる。
(a)(b)―米国人は核心へ直行する傾向が強い。グローバルな理解があって初めて部分的なハウツー(たとえば異文化間でのEメールのやりとりや電話会議の仕方など)の根拠がわかるのだ、とは考えない。 © Ikuko Atsumi, 2006. All Rights Reserved.
(c) ―常に「能率第一主義」(Efficiency First)。どんな事柄でも短い時間でキーポイントを把握する能力が自分たちにはあると信じている。グローバルなトピックを3時間で学べるかどうかという疑問は起きない。また、全社的導入といいながら、異なる文化圏で働く人たちにとって、どういう形が良いかは考えていない。
つまり、判定がグローバルではなく、非常に地域特有の好き嫌いに基づいているのである。世界中の人間が地域特有の好き嫌いを絶対視して主張しあうためこれまで起きてきた数々の紛争を、もっと大局的な視点(Global Perspective)から見て解決しようというのがグローバリゼーションの真の目的ではないだろうか?
ところでセミナの長さはどれくらいが最適かは国/地域によってかなり違いがある。一般にヨーロッパ人なら“アジア・ヨーロッパ・北米を中心とするグローバルなコミュニケーションと仕事の協力関係について事例を分析して理解を深める”には最低一週間は必要だと考え、米国人は三時間でできると言い、アジア人は相乗効果を考えて二日で妥協する。但し、シンガポール人は一日以上のセミナは我慢できない。
ここで重要なのは、グローバルにバランスのある評価をするためには<文化の世界地図>に照らし合わせて自分がいる地域の価値観の特徴を知ることである。そして〔評価の基準=地域の価値観〕であれば評価の基準にもっとグローバル性を持たせる必要があるだろう。言い換えれば、自分が無意識のうちに絶対視している地域の価値観に根ざした評価基準と<文化の世界地図>を合わせ鏡として評価する必要があるのだ。それを行えないと、いつまでたっても自分の文化コードや既存の地域評価基準に基づく好きか嫌いで判定し、グローバルな進展を達成するのが難しい。
個人の能力についても同様のことがいえる。日本人に多い評価の一つに「事例がたくさんないと理解できない」というのがある。事例がある方が確かに理解しやすいが、事例が無いと理解できないといのは概念化(Conceptualize)する能力が足りないということでもある。概念化の重要性が理解できないと事例だけで終わって、それを使ってビジネスモデルを創るというCreativityの力が湧かない。日本文化はユニークで説明するのが難しいという人は、中国/韓国側から日本の文化を見る視点と、アジア全体の文化のダイナミズムを鳥瞰する視点に欠けているともいえる。つまり、自分の、あるいは自分の会社の評価の基準を評価できる能力こそが現在の能力を四方八方に伸ばしていく原動力になりうると言えるのである。
共通ルール5: 評価基準の中の地域の価値観を特定し、現在の自己の評価基準をグローバルに評価することができれば、能力の限界突破(Breakthrough)が可能になる。
次の表は<文化の世界地図>を文化圏ではなく、地域(Region)別にまとめたもので、評価の地域性を理解するベースとなる。
お知らせ:このシリーズに度々登場したIBC社の“Motivators ”セットが拡大され“GLOBAL NAVIGATORS ”(グローバルナビゲータ )としてオンラインでアクセスできるようになりました。ご興味がある方はwww.ib-c.comでごらんいただくかinfo@ib-c.comにご連絡下さい。サンプルをお送りします。
日時: 2007年05月29日 20:04 | パーマリンク
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