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2007年05月26日 12:45に投稿されたエントリーのページです。他にも多くのトピックエントリーがあります。メインページやアーカイブページをご覧下さい。
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インターカルチュラル・ビジネスセンター社
社長 渥美 育子
法則 7:法的思考能力(Legal Mind)を身につける
日本人がグローバル市場で自信を持って戦略 をたて実践していく為に、もう一つ何としても 必要なのは、法的思考能力(Legal Mind)であ る。これが論理的思考に根ざしていることは既 に理解されている。
法律についての専門知識とその現場への適用は弁護士に任せて、私がここ数年、日本人とのビジネス上の付き合いを通して唖然としたケースをまず取り上げたい。そして、Moral Code社会で生まれ、育ち、仕事をしている日本人が“日本の常識は世界の非常識”を少しでも解消するには、どのような法的思考に基づく“常識”を身に付ければよいかを考えてみたい。
(1) 米国に『六法全書』は存在しない
[事例]
日系自動車会社が新しいプロジェクトを立ち上げる為、日本の技術者を十数人米国へ送りこんだ。赴任前教育はゼロ。プロジェクトリーダーが電話で尋ねてきた。「米国の法律を学びたいので『六法全書』にあたる本を紹介して欲しい。」その理由を尋ねると、日本本社が送った塗料のある成分が米国の輸入禁止項目に入っていたので港で差し止めになり、呼び出されていたのだった。こんな時にはすぐさま弁護士あるいは法律に詳しい社内の専門家に相談すべきなのだ。結局は、米国人の担当者がこの件にあたることになったが、日本人のリーダーは弁護士が嫌いなので、この際独学で米国の法体系を手っ取り早く学びたいと思ったのだった。
[解説]
この“日本の常識は米国の非常識”の例は、プロジェクトメンバーが現地入りをして数ヵ月もたった後の話しである。 外国でビジネスを行う場合、何よりもまずその国のルールを学ぶ必要があるのは言うまでも無い。とりわけCodeを越えてLegal Codeが最も強い米国で仕事をする場合には尚更である。技術者集団だからと言ってルールに無知であって良いはずがない。 米国の法律は慣習法・判例法(Common Law/Case Law)であり、広大な国のあちこちで刻々となされる法廷での判決とそれが示唆する原則が新しい法律になっていく為、成文法(Statute Law)を使用している日本と違って『六法全書』にあたるものはない。問題が起きたらその分野が専門の弁護士を探して相談し、アドバイスに従って処理していくのが通常のやり方なので、どのように定評ある弁護士を探し出すかを知っておいた方が役に立つ。
米国で働くチャンスが出てきたら、Legal Code社会にどっぷりつかってLegal Mindを身につける良い機会である。出発前に独立宣言(1776)、憲法(1787)、権利の章典(1791)、その後の憲法修正条項(Amendments)などに目を通し、ビジネスに直接関係のある反トラスト法(Antitrust Laws)、積極的差別是正策(Affirmative Action)など、そして連邦法と州法の関係について基本的な知識を身につけるくらいの準備はしてほしい。しかし、もっと大切なのは、その背後にあるLegal Codeを構築している精神や法的価値(Legal Values)を理解することである。米国企業におけるビジネスの実践や社会のルールが全てそうした価値の適用で成り立っているからだ。私が米国で20年以上仕事をしてきた経験から言えることは、Moral Code出身の日本人が米国で失敗を防ぐカギは2つある。(a)基本的人権についての骨にしみ通るような理解.と、(b)日本的商習慣をLegal Code社会に決して持ち込まない、ということである。
この事例に登場する日本企業は(a)(b)ともに不徹底で、この後も米国内で何度も訴訟の対象となった。Legal Mindの核心にあるのは、どの人間も誰も犯すことが出来ない“自由に生きる権利”を持つ存在だという自覚であり、それは絶えず新しい判決が新しいルールになっていくという過酷な状況に身をおいてはじめて判ることなのだろう。
(2) 契約書においては顧客も売手も対等
[事例]
米国にある半導体関係会社のマネージャーであるリチャードさんは、日本企業の山下さんと何度も交渉を重ねた後、やっとデザイン・インの契約を取り交わすところまでいった。日本の顧客は難しいと聞いていたので交渉中はなるべく山下さんの要求を受け入れるよう努力をした。しかし、リチャードさんが最後にごく常識的な保護条項を草案に加え「御社の弁護士にもこれでよいかお見せ下さい。」と言うと、山下さんは「売り手が自分の利益ばかり守ろうとするのはおかしいじゃあないですか?」と突然怒り出した。 リチャードさんの会社では、別件でアジアのある企業と取引するかどうかを決めるにあたって、その会社の信用状況を調査したら、「疑って掛かるような企業とはビジネスをしたくない」と断られたばかりだった。
[解説]
これは、典型的なLegal CodeとMoral Code間の信頼構築の仕方の違いからくる摩擦である。一方が、Legal Mindを持たないとこうした摩擦が起きるので、Legal CodeとReligious Code間でも同様なことが起きると想像してよい。
日本の場合顧客の地位が世界一高いので売手が必要以上に低姿勢を取ることになり、いざ契約となっても売手にまだそのような滅私的な姿勢を期待したり要求したりする。しかし、ビジネスの原点は双方がコミットし、品物やサービスと金銭を交換することにあるので、その取り決めをする契約書においては両者は対等のはずである。従って、後から問題が起きないように商品の品質を調べるのと同様、買手の支払い能力を調査したり、互いに保護条項を加えたりするのもまた当然なのである。売手が保護条項を加えるなら自分もそうすればよいわけで、まるでつけ込まれたかのように怒り出すのは厚い日本文化のレンズをはめている証拠。これも“日本の常識 アメリカの非常識”の例である。
(3) 誓約書はMoral Documentであり、法的効力を持たない
[事例]
パリにオフィスを構える米国系フランス人のホワイトさんは、各国の国民性やビジネ スエチケットを説明した『文化の事典』を出版し、日本のあるビジネススクールとライセンス契約をした。契約の際に秘密事項保持契約(non-disclosure agreement)も交わし、契約者以外に内容が流れないよう気を配った。ところが、日本語版を作るのに手間取り、完成した時には窓口担当者が変わってしまっていた。そこで彼女は、「もう一度NDAを交わしたい」と申し出たところ、新しい担当者に「誓約書なら書いてもいいが、契約書は組織を巻き込まなければならないので不可能です」と言われ、ショックを受けた。
[解説]
これも典型的なLegal Code対Moral Codeの例で、欧米のプロフェッショナルから見れ ば日本はまだ封建時代なのかと驚いてしまうだろう。新しい担当者はNoと言うかわりに誓約書なら、と誠意を見せたつもりであろうが、それは全く伝わらず、かえってLegal Mindの欠如があらわになってしまった。 誓約書は国際ビジネスの場で効力を持たない。契約書と誓約書を比較すると多くの面で正反対であることが判る。
海外での雇用にあたって誓約書のみを交わすような日本企業はもはや存在しないだろうが、NDAのようにお互いの権利を守り合う書類でさえ持ち出した途端に「私を信用しないのか」と腹を立て、サインを拒否し、ビジネスを取りやめる人達がMoral CodeやReligious Codeの社会にはまだ大勢いる。Legal Mindを持てば、最小限度のよく準備されたLegal Documentを持ち込む人こそ誠実な人であり、真剣にコミットしようとしているのだと判るはずだ。
(4) パテント、トレードマーク、コピーライトなどの知的所有権を侵害するのはモノを盗むのと同じ
[事例]
米国に本拠をおくグローバル研修会社を代表する水野さんは、日本のA社とセールスエージェント契約を結んだ。日本の顧客会社で第一回目のセミナを行うことになり、水野さんはカスタムデザインしたセミナノートブックを作成し、A社の担当セールスマンにオリジナルを送った。セミナ当日、水野さんが会場に行くと、何とセミナの表紙はA社の表紙に変えられ、コピーライトはいつの間にかA社とのジョイントコピーライトに書き換えられていた。
水野さんは数年前、東京にある別のセールスエージェントと契約を交わしていたが、同じ問題が起き解決できないので提携を解消したのだった。「国際教育プログラムを扱う日本の責任者が何と・・・・」と水野さんは怒ったり、失望したりした。
[解説]
人の持ち物を盗んではいけないのと同様、他人や他社の知的所有物を絶対に盗んではいけない。これは、Legal Mindの基本中の基本である。
Legal Codeは絶対性に根ざしているので、例え全ての同僚が違法にソフトウエアをコピーしていたとしても、少なくとも自分だけはそうしないという強い倫理観が必要である。 相手がセミナノートブックを勝手にジョイントコピーライトに書き換えた場合、どういう制約が起きるだろうか? 論理的に言うと、水野さんの会社は自社の知的所有物であるセミナの内容を将来どんな形で使用するにあたってもいちいちA社の許可を得なければならなくなる。従って水野さんの会社の顧問弁護士がこの制約を解除するため法的手段を取り、この不当行為に対して罰金を請求することになるだろう。
勿論、現在の日本ではそこまでは起きないだろうが、外資系会社が増々日本市場に参入し、知的所有権を尊重するグローバルスタンダードがもっと重視されれば、違法が訴訟で解決されることが多い社会になっていくのは明白である。
(5) Moral Code社会の商習慣のいくつかは、Legal Codeを適用すると違法になる
[事例]
ドハティー氏が米国フォーチュントップ企業の一社であるジェネラルアメリカ社(GAI)のCEOに任命された時、強固な意志を持ってやり遂げたいと社員全員に約束したことの一つは、GAIを倫理的な企業として成長させ、維持していくことだった。競合会社である巨大な航空機製造会社が日本の元首相への贈賄事件を引き起こし、大スキャンダルにまみれたことは忘れようも無かった。また、防衛機器産業の代表格であるB社も韓国でチェボルの重役に別の分野で便宜を図り見返りを得たという嫌疑で担当の重役が米国に呼び戻され、逮捕されていた。今度はGAIかもしれないと思うと、ドハティー氏は何としても世界中の社員にLegal Mindを持たせるキャンペーンをいち早く開始しなければと、あせる気持ちを押さえきれなかった。
企業倫理規定が改定され、それを印刷した小冊子がグローバルな規模で配布された。ビジネスプラクティシス オフィス(BPO)が本社や主要な支社、工場に設定され、副社長級の担当者が毎年世界の特定地域(region)をまわりながら現地の社員と“対話”を持つ計画が立てられ、実行に移された。
ある年、トンプソン氏が担当役員となり、東京と香港で“対話”集会を開くことに決定。準備の為、彼はアジアでの商習慣について学びたいと思った。しかし、学ぶほどに彼は困惑してしまった。「中国人や韓国人、日本人が長年実行してきた<お返しの原理>に基づいて人間関係を築いていくやり方は違法になる危険性が強い。かといってこのやり方をやめさせる訳にはいかないし…少なくとも“対話”を続けていく意味はあると信じたい」と言って彼は大きなため息をついた。
[解説]
グローバルビジネス最大のチャレンジは、原理も価値観も発想も全く異なる三つの文化コードが存在する世界市場で、どのようにルールの一元化をはかり公平な競争を展開していくかであろう。
方法としては、三つの文化コードのそれぞれが持つ良いところを合わせて新しい文化=ルールを創っていくことが最良だと思う。
Moral Code社会の人間がLegal Code社会から学びうるのは何と言っても(a)Legal Mindと(b)プロフェッショナリズム。ドハティー氏が始めた倫理“対話”キャンペーンの重要さは、コード間のルールの違いを“倫理”を合わせ鏡にして検証していく点にある。この検証には、Legal Mindが必要だ。
日本人としては、日本の商習慣のどこが、なぜどのようにLegal Codeに抵触するかを検証するところから始めたい。そうすれば、グローバルな規模でのルールの一元化という大事業の一端をになっているのだという自覚が呼び起こされ、強制的に「Legal Mindを持て」と言われるよりもはるかに高い動機付けが得られるだろう。
以上
日時: 2007年05月26日 12:45 | パーマリンク
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