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About 2008年01月
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2008年01月 アーカイブ
国際会計基準への転換 - 低価法とは? (塚越 至)
今回は国際会計基準に準拠して本年4月から始まる会計年度に強制的に適用されることになっている棚卸資産(在庫)の評価方法である「低価法」を説明してみよう。
1992年にミス日本に選出されたこともある新進の公認会計士松尾絹代さんがしばらく前にこれをネット上で解説していた。松尾さんは、その年のミス日本のグランプリは現タレントの藤原紀香に譲ったものの、工学部船舶海洋工学を専攻する東大生として話題になった女性だ。卒業後はフリーのアナウンサーとしてテレビに出演していたが、イタリアの高級ブランドであるブルガリの日本法人に就職したことをきっかけに公認会計士を目指すことに転換し、1999年公認会計士2次試験に合格、太田昭和監査法人(現、新日本監査法人)に入所。2003年に公認会計士に登録されている。
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紐育(ニューヨーク)と大阪 - 廣川 謙一
アメリカに住んで通算十八年になる。紐育(ニューヨーク)に行く度に、何故か大阪を思い出す。グランドセントラルに到着すると、大阪梅田の様な気がするし、ペンステーションに行くと、ふと難波を思い出す。中華街(チャイナタウン)の雑踏は、大阪ミナミを思い出させるし、タイムズスクエアのネオンのケバさ加減も、出している会社の名前も、道頓堀周辺などと変わらない。碁盤の目の様な一方通行の道路だって、紐育(ニューヨーク)と大阪は似ている。
人だって、紐育人(ニューヨーカー)と大阪人はよく似ているように見える。横断歩道の前に立ってみればよくわかる。どちらの町でも、歩行者は横の信号を見ていて、点滅が始まるともう歩き始める。信号が青になったときには、既に道を渡り終わっている。車だって、二車線を三台並んで走っても平気。割り込み、違法駐車、二重駐車ぜんぜん気にしない。生活ぶりも、普段は質素だが、使うときは綺麗に使う。
紐育(ニューヨーク)も大阪も実利主義だ。そして、どちらも油断していると、騙される。権威が嫌い。東京の電車の中で関西訛りを気にせずに大声で喋っている大阪人と、どこへいっても紐育(ニューヨーク)訛りを直せない紐育人(ニューヨーカー)は、似たようなメンタリティー気質
を持っているのだろう。
アメリカで成功している企業を見ると、長期に亙って成功している日系企業は不思議と関西系が多い。松下電器やサンヨーは明らかに関西系だし、ソニーも井深大氏は大阪出身、盛田昭夫氏は名古屋出身だが、大学は阪大だ。大阪の空気をいっぱい吸ったに違いない。コマツは出身こそ石川県だが、大阪の枚方が大きい。コマツアメリカで長年社長を勤め、キャタピラーをさんざん苦しめた故中村建一氏も大阪出身だ。そういえば、紐育(ニューヨーク)で会う日本人の中に関西訛りの人が多いような気がするのは錯覚だろうか。(なぜか、京阪電鉄沿線の会社ばっかりやなぁ! 霊験名水「淀川の水(サクセスウオーター)」の瓶詰でもアメリカで売ったろかな?)
大阪のコマーシヤル宣伝は、どう考えても紐育(ニューヨーク)のコメデイー話芸のノリである。大阪府警の駐車禁止の取締りのためのコマーシヤル宣伝や、キンチョー、タンスにゴン等、アメリカのギャグである。たぶん東京のエエカツコシイ広告代理店には無理。
一方、不思議なことに、日本で成功している外資系企業も、立上りが早いのは関西に最初の本社を置いた会社だ。たとえば、P&G、ネスレ、ユニリーバ等おそらく日本人は既に外資だとは思っていないほど、日本に浸透している。大阪を制すれば、日本を制す。
「モーヤン」こと山本猛夫氏は、小学校卒業後、丁稚奉公から一代で大阪いたちぼり立売堀で山善を築きあげた。花登筺の痛快小説「どてらいヤツ男」の、あの主人公の「モーヤン」です! そうそう、幸之助ハンかて、小学校卒業で、何と世界制覇でっせ。アメリカンドリーム浪花の夢どころか、ワールドドリーム世界の夢でっせ!大阪も紐育(ニューヨーク)も知恵と努力でなんぼでも成功できる。
大阪浪花のド根性は意外と紐育っ子(ニューヨーカー)の心意気と近いのかもしれない。
* * *
紐育(ニューヨーク)にアメドリという日本人向けの刊行物がある。その社主の板越ジョージさんがメールマガジンに「ニューヨーカーの条件」という連載をしておられる。読みながら、ふと大阪人を思い出した。私がここに書いたアナロジー類推は、おそらくまったくのデタラメ俗説だろうと思う。「タンツボ」と悪口をいわれた大阪と、洗練された紐育(ニューヨーク)が似ているなんて、ある訳ないじゃないか! と怒られそうだ。きっと、まだ正月のお酒の酔いが醒めていないのだろう。でも、最後に一言、「大阪人頑張れ!」
(二〇〇八年一月二日)
提携・合弁を考える - 廣川 謙一
提携とか合弁は不思議なものである。昨日まで競合していた(あるいは潜在的に競合関係にあった)会社同士が、今日からはパートナーとして一緒に仕事をすることになるのであるから、面白い現象によく遭遇する。
私は一九八五年から三菱重工業とキャタピラー三菱との合弁改定に係わった。面白い現象とは、昨日までキャタピラーがいかに優れていて自社がどれくらい遅れているかという事をいっていた三菱出身の人が、合弁を作るぞという段階になると、同じ人が掌を返したように、いかに自社が優れていて相手はだめかという議論をはじめたことである。以後、マッキンゼーやGE等で二十以上の合弁・提携を見てきたが、事業計画などに合弁設立前は「あの会社はすごい会社。うちの脅威!」などと言っていたのに、交渉になると突然「わが社は世界で一番優れた会社」に変身してしまうのを何度も見てきた。合弁とか提携の交渉でこの様な議論が出てくるのは、心情的にはよくわかる。交渉を自分に有利に運びたいという気持ちがあるからである。しかしこの議論を繰り返していても建設的な合弁・提携には至らない。これをどの様に打ち破るかは合弁・提携成功の大事なステップになる。
この様な状況を克服するためには、そもそも何故提携・合弁の話をしなくてはならなくなった事情を振り返ってみると良い。たとえば、三菱とキャタピラーの場合は、それぞれ単独ではなかなか小松の脅威を無くせなかったからではなかったか。それでは、キャタピラーも三菱も小松に比べれば大したことはないのではないか。大事なのは、顧客に小松ではなく新しい合弁の製品を選んでもらうことではないか。そのためには合弁の製品、組織、運営方法を、新たに対顧客、対競合という視点で考え直すということではないか。どちらかを選択しても、結局はその欠点の拡大に寄与しても、本質的な解決にはならない。むしろ、新たにビジョンを作りお互いどのリソースを出し合って、どのように組み合わせたら、顧客に選択してもらえるか、小松に対して優位に立てるかを、一緒に考えることであろう。実際、播州平野のど真中で、何週間かマーケティング、営業、技術の各部門の人間を缶詰にして侃侃諤諤の議論をしたのを覚えている。
この様な作業を一定期間一緒にやって見ると、副次的な効果も出てくる。仲間意識が芽生えることである。これがその後の合弁・提携運営への移行をスムーズにすることに役立つということは容易に想像がつくと思う。GEなども意識的にこのような事を行っている。ビジネスパートナーと会社から離れた場所で、両社の関係者を缶詰にしてワークアウトを行うのである。
* * *
多くの合弁・提携の交渉や設立後の運営がうまくいかないのは、「むこうの会社」と「うちの会社」という意識から、われわれという意識への頭の切替えがうまくいかないからだ。われわれとして現状認識が共有できれば、後は一緒に知恵を絞って考えることである。一緒にという点は、いくら強調しても強調しすぎることはないと思う。キャタピラーと三菱重工業との合弁が四十年以上も長続きしているのは、一緒にビジネスをするための工夫が随所に埋め込んであるからだ。
(二〇〇八年一月二日)
